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札幌地方裁判所滝川支部 昭和50年(ワ)32号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金一二一万〇、五九四円及びこれに対する昭和四八年六月一四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告は原告に対し、金二九七万〇、六八二円及びこれに対する昭和四八年六月一四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

(請求の原因)

1  事故の発生

藤林寅次郎(以下、寅次郎という。)は、次の交通事故(以下、本件事故という。)により死亡した。

1  日時 昭和四六年一一月一七日午前七時二〇分頃

2  場所 浜益郡浜益村大字川下村字毘砂別二九四番地先国道二三一号線上(以下、本件事故現場という。)

3  加害車 普通貨物自動車(登録番号札一ふ三三七八)

4  右運転者 寺山宏良

5  事故の態様 加害車が、前記国道二三一号線を群別方面から送毛方面へ向けて進行中、対向して歩いてきた寅次郎に衝突した。

6  結果 被害者は、頭部挫傷、頭蓋内出血、右第二、三、四、五肋骨および右肩胛骨骨折の傷害により、同日午前九時四五分頃死亡した。

二 責任原因

被告は、加害車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、本件事故によつて生じた後記損害について、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条に基づき賠償する責任がある。

三 損害

1  治療関係費 二、三五四円

2  逸失利益 九〇万七、四九三円

(一) 事故発生当時の年収 四一万五、九〇〇円

(二) 生活費控除 五〇パーセント

(三) 就労可能年数 五年間

被害者の年齢、健康および平均余命を考慮すれば、五年間が相当である。

(四) 中間利息控除 ホフマン式・係数四・三六四

(五) 計算式(円未満切捨)415,900×0.5×4.364=907,493.8≒907,493

3  慰藉料 三〇〇万円

(一) 寅次郎は、本件事故によつて死亡し精神的苦痛を被り、その慰藉料として三〇〇万円が相当である。

(二) 仮に右寅次郎の慰藉料が認められないとしても、後記藤林ナヨ、同房夫、同房美、同正己、同九里子は、寅次郎の死亡により精神的苦痛を被り、その慰藉料として三〇〇万円が相当であるところ、右藤林ナヨらは、各相続分に応じて慰藉料請求権を取得した。

4  葬儀費用 二七万三、八二五円

5  相続関係等

藤林ナヨは寅次郎の妻、同房夫、同房美、同正己、同九里子はいずれも寅次郎の子である。

したがつて、右相続人らは、前示1ないし3(一)の損害によつて発生した寅次郎の損害賠償請求権を相続分に応じてそれぞれ相続し、前示4の損害を相続分に応じて負担した。

6  損害のてん補

右相続人らは、以上の損害のうち合計四万四、五〇七円の支払を受けた。

四 自賠法七六条に基づく代位

1  被告は、加害車について自動車損害賠償責任保険の契約を締結していなかつた。したがつて、自賠法七二条一項後段の「責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者が第三条の規定によつて損害賠償の責に任ずる場合」に該当する。

2  原告は、同法七二条一項に基づき、前記寅次郎の相続人らの請求により、昭和四八年六月一三日、右相続人ら代理人東京海上火災保険株式会社に対し、前記損害のうち二九七万〇、六八二円の損害をてん補したので、同法七六条一項に基づき、前記相続人らが被告に対し有する損害賠償請求権のうち二九七万〇、六八二円の損害賠償請求権を取得した。

五 よつて、原告は被告に対し、金二九七万〇、六八二円とこれに対する右損害をてん補した日の翌日である昭和四八年六月一四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一は認める。

二  同二のうち、被告が加害車を所有し自己のために運行の用に供していたことは認め、損害賠償責任の存在については争う。

三  同三1ないし4は不知、5のうち寅次郎の身分関係は認め、その余は不知、6は認める。

四  同四は認める。

(抗弁)

一  免責

本件事故は、寅次郎が本件加害車に飛込み、もつて自殺したことによつて発生したものであり、右自動車の運転者寺山及び被告には右加害車の運行に関し過失はなく、かつ右加害車に構造上の欠陥、機能上の障害はなかつた。

二  過失相殺

仮に、右主張が理由なしとしても、寅次郎は、本件加害車の進行を無視し、至近距離に至つて突然道路端から中央に飛び出した過失があり、右過失は、本件事故原因として九九パーセントないし九〇パーセントの割合を占め、よつて、右割合による過失相殺を行なうべきである。

三  時効消滅

原告が自賠法七六条に基づいて代位取得した本件損害賠償請求権は、寅次郎の相続人らが加害者及び損害を知つた昭和四六年一一月一七日から三年を経過した昭和四九年一一月一七日の経過により時効消滅した。被告は本訴において右時効を援用する。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁一は否認、同二は争う。

1 本件事故の経緯は、次のとおりである。

寺山宏良は、昭和四六年一二月一七日午前七時二〇分頃、本件事故現場付近を、加害車を運転して、群別方面から送毛方面へ時速約三〇ないし三五キロメートルで進行中、前方約四一・六〇メートルの道路右端付近を対向して歩いてくる寅次郎を発見したが、安全に通過できるものと過信し、右前方被害者を注視することなく、漫然同一速度で進行した過失により、寅次郎が道路中央に歩み出たのを発見するのが遅れ、右前方約七・五〇メートルに至つて始めて被害者を発見し、急制動措置をとるも及ばず、本件事故を生ぜしめたものである。なお、本件事故当時の事故現場は、幅員約五・六〇メートルの見通しのよい直線の「じやり道」であつて、被害者以外の歩行者ならびに対向車の存在は認められない。

よつて、被告の免責の主張は理由がない。

2 寅次郎は、事故当日の午前六時四〇分頃、失業保険申請手続に使用する写真を写すため、自宅を出発し、本件事故現場まで約四〇分間歩いたが、対向してくる加害車を発見し、同車を止めようと道路中央に手を上げてでてきたのではないかと窺われる。

3 以上の事故の経緯、並びに本件事故が歩行者と自動車との間で生じたものであること等を考慮すれば、寅次郎の過失割合が九割である旨の被告の過失相殺の主張は、失当である。

二  同三は認め、その効果を争う。

(再抗弁)

一  時効の中断

原告は、被告に対し、国の債権の管理等に関する法律一三条に基づき、昭和四八年六月一六日到達の書面をもつて、前記代位取得した損害賠償請求権の履行を請求するため納入の告知をした(なお、納入告知された損害賠償請求権の額は、その後三〇円減額されているが、債権の同一性を害していない。)。

右納入の告知は、会計法三二条により、時効中断の効力を有する。

(再抗弁に対する認否)

一  再抗弁事実は認め、その効果を争う。

二1  会計法三二条は、納入の告知、すなわち民法上の催告について、時効中断の効力を賦与しているが、その目的は、消滅時効の完成を阻止することによつて歳入の確保をはかることにあり、又その存立根拠は、国の債権(公法上の債権のみならず私法上の債権を含む)は国が当事者である点で、発生原因・権利内容について証拠関係が明確であり、かつ、告知行為が準法律行為的行政行為であることから、消滅時効制度の趣旨、すなわち請求権の相手方の立証困難の救済に大きく抵触しないという点にあるのである。

2  ところで、国の債権の管理等に関する法律ないし同法施行令は、「国の債権」について明確な定義をしていないので、国が一次的・直接的に取得した債権に限らず、私人から承継した請求権についても、同法の適用があるようにもみえるが、前記会計法三二条の存在根拠に照らし、同条との関連における「納入告知」の規定は、本件のごとく私人から承継した請求権については、適用されないと解すべきである。

けだし、現代の請求権時効の機能・目的は、請求権の相手方を権利不存在の立証の困難から救済するという点に、その最も主要な本来の機能ないし目的があるといわれるように、債務者の利益にあるところ、国が私人の請求権を代位取得した場合や転付命令により取得した場合のように、債務者の意思とかかわりなく債権者たる地位が国に変つただけの理由で、債務者の民法上の利益が突然奪われるという結論は、明らかに不当である。

さらに、国の債権の管理等に関する法律は、もつぱら法令の規定に基づく債権、または契約による債権、損害賠償請求権、不当利得返還請求権について、管理準則等を定めているのであつて、例外的に帰属するところの私人からの承継債権については一言の規定もなく、これを想定していないというべきである。

3  実質的にみても、承継債権に関しては、国に一次的・直接的に帰属すべき債権と異なり、その発生原因・内容について明確性の保障、すなわち納入告知を時効中断事由とする一つの根拠が存しない。

4  本件債権の実体は、自動車損害賠償保障法に基づく保有者責任であるが、ここでは、無過失の立証、被害者の過失の立証責任が損害賠償義務者に負わされており、これが請求権の存否範囲に決定的影響をおよぼすのである。

しかるに、一片の納入告知書により時効中断があるとして、事故後三年七月余を経て訴訟提起がなされ、保有者たる被告が無過失および被害者の過失を立証する立場におかれるとすれば、すでに証拠方法は散逸し、被告の時効利益は、名実ともに奪われるのである。

会計法三二条がかかる事態を肯定しているとは到底解することができない。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因一及び二記載の事実については当事者間に争いがない。

二  そこで、被告主張の免責事由の有無及び過失相殺(抗弁一、二)について判断する。

前記当事者間に争いのない事実並びに成立に争いのない甲第一四号証の一ないし三、証人寺山宏良、同田村馨及び同藤林ナヨの各証言を総合すると、次の事実を認めることができる。

寅次郎は、本件事故当日の午前七時頃、浜益郡浜益村大字浜益所在の写真店で失業保険申請手続に使用する写真を撮影するために自宅を出、国道二三一号線の道路左側を送毛方面から群別方面に向けて歩行していたこと、寺山宏良は、本件加害車を運転し、右国道左側を郡別方面から送毛方面に向けて時速三〇キロメートルで進行し、本件事故現場付近に差し掛つた際、右前方四一・六メートル先道路上を歩行して来る寅次郎を認めたが、何ら危険を感じなかつたので、特に同人の動静に注意することなく右速度のまま約二三メートル進行したところ、右加害車の右前方付近に人影(寅次郎)を認め、次の瞬間右加害車前方に両手を上げて前かがみで小走りに通行する寅次郎を認めたが、そのまま右加害車前部を寅次郎に衝突させたこと、寺山は、右加害車前方右側道路上から右加害車前方に至る寅次郎の動行を明確には認識していないこと、本件事故現場付近の道路は、歩車道の区別のない幅員五・六メートルの平たんな砂利道で見透しはよく、又付近には横断歩道がないこと、寅次郎は、本件事故当時、妻ナヨと同居し土工夫として稼働しながら生計を営んでいたが、本件事故前においても又当日も自殺することを窺わせる状況は全くなく、かえつて前記のごとく将来の生活のために失業保険の支給を受けるべく準備をしていること、以上の事実を認めることができ、甲第一四号証の一、三中の右認定に反する記載部分は、証人寺山宏良の証言に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件事故は、寅次郎の本件加害車に対する飛込自殺によつて生じたものではなく、寺山宏良が本件加害車の右前方を歩行して来る寅次郎を認めた後、そのまま安全に通過できるものと考え、同人の動静を含む右前方に対する注視を怠り、自車直前において寅次郎を発見するに至るまでただ漫然と進行した過失と、寅次郎が対抗して来る自動車があるにもかかわらず、十分その動静を注視することなく至近距離に至つて道路中央に歩み出た過失とが競合して発生したものというべきである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告の抗弁一は理由がなく、被告は後記損害を賠償する義務を負うべきところ、寅次郎と寺山宏良の右過失の割合は、七対三と認めるのが相当である。

三  損害

(一)  治療関係費 二、三五四円

成立に争いのない甲第九号証によると、治療関係費として右金員を支出したことが認められる。

(二)  逸失利益 九〇万七、四九三円

成立に争いのない甲第一一号証、証人藤林ナヨの証言によると、寅次郎は、本件事故当時六九歳の健康な男子で、土工夫として稼働し年収四一万五、九〇〇円の収入を得ていたことを認めることができるところ、右事実により寅次郎の逸失利益を次のように算定する。

(生活費(五〇パーセント)を控除した収入) 二〇万七、九五〇円

(稼働可能期間) 五年

(中間利息控除) ホフマン複式年別法・係数=四・三六四

(損害額) 九〇万七、四九三円

計算式次のとおり

207,950円×4.364=907,493円(円未満切捨)

(三)  慰藉料 三〇〇万円

本件にあらわれた一切の事情を斟酌して寅次郎の被つた精神的苦痛を慰藉すべき金額を三〇〇万円とするのが相当である。

(四)  葬儀費用 二七万三、八二五円

成立に争いのない甲第一〇号証及び弁論の全趣旨を総合すると、寅次郎の妻ナヨ及び四人の子供らは、同人らの相続分に従つて寅次郎の葬儀費用として合計二七万三、八二五円を支出したことが認められ、右金員をもつて本件事故による損害と認めるのが相当である。

(五)  過失相殺、損害のてん補と相続

請求原因三5記載の寅次郎の身分関係及び6記載の各事実については当事者間に争いがないところ、結局右(一)ないし(三)の合計額につき前記の割合で過失相殺した損害賠償請求権及び右(四)につき前記割合で過失相殺した損害賠償請求権の合計額から損害のてん補を受けた四万四、五〇七円を差引いた金一二一万〇、五九四円について、藤林ナヨは三分の一(四〇万三、五三一円)を、同房夫、同房美、同正己、同九里子はいずれも一二分の二(合計八〇万七、〇六三円)の損害賠償請求権を取得したものということができる。

四  請求原因四1、2記載の事実については当事者間に争いがないところ、原告は、自賠法七六条一項により藤林ナヨらが被告に対して有する前記過失相殺により減額された損害賠償請求権一二一万〇、五九四円の限度において、右債権を取得し、被告に対し請求し得るものというべきである。

五  次に、被告の時効の主張(抗弁三)について按ずるに、抗弁三記載の事実については当事者間に争いがないところ、さらにすすんで再抗弁(時効の中断)について判断する。

再抗弁記載の事実については当事者間に争いがない。

ところで、被告は、本件のように国が代位取得した私法上の請求権については、結局会計法三二条の適用がない旨主張するので検討するに、国の債権の管理等に関する法律は、その適用を除外される債権(同法三条)以外の金銭の給付を目的とする国の一切の権利の管理等に関する手続等を定めるものであることは同法の規定上(特に同法一条及び二条)明らかであつて、特に除外する旨の規定のない限り本件のように国が代位取得した私法上の損害賠償請求権についても同法の適用があるというべきであるから、歳入徴収官は右請求権について、同法一三条に基づき納入の告知をなし得るものということができる。そして、会計法三二条は、右納入の告知を時効中断の事由として規定しているのであるが、これは、民法が裁判上の請求等手続上明瞭確実な形態をとる権利者の権利の主張をもつて時効中断事由としていることに鑑み、納入の告知が何等の形式を要求しない催告とは異り、会計法六条、予算決算及び会計令二九条、国の債権の管理等に関する法律一三条、同法施行令一三条等に規定される明確な形式に従つて、公正慎重になされる公の手続であることから、これに時効中断の効力を与えているものと解することができ、さらに会計法上の時効に関するその他の規定である同法三〇条(時効期間)、三一条(時効の効果)が私法上の金銭債権について、民法等の適用があると解し得る規定をしているのに対し、同法三二条が右のような規定を置いていないことを併せ考えると、右納入の告知は、右法令に準拠した形式、手続に従つてなされるものである限り、その債権が公法上のものであると私法上(その発生・取得原因にかかわらず)のものであるとを問わず時効中断の効力を有すると解すべきである。これに反する被告の主張は採用することができない。

そうすると、原告の前記納入の告知は、会計法三二条により時効中断の効力を有するものということができるから、本件損害賠償請求権についての消滅時効は前記納入告知が被告に到達した昭和四八年六月一六日をもつて中断されたものというべきであり、よつて被告の時効消滅の抗弁は結局採用することができない。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、一二一万〇、五九四円とこれに対する損害をてん補した日の翌日である昭和四八年六月一四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

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